現代のビジネス環境において、中小企業によるクラウドサービスの利用は特別なことではなく、むしろ標準的な選択肢となりつつあります。総務省の調査によれば、企業のクラウドサービス利用率は年々増加傾向にあり、多くの企業がその利便性を認識しています。
本記事では、最新の調査データから中小企業のクラウドサービス導入率の実態を解説するとともに、導入が加速する背景や具体的なメリット、そして導入前に知っておくべき注意点までを網羅的に説明します。
【最新調査】中小企業におけるクラウドサービスの導入率は?
総務省が公表した「令和4年通信利用動向調査」によると、クラウドサービスを一部でも利用している企業の割合は72.2%に達しました。これは前年の70.4%から上昇しており、クラウド利用が着実に浸透していることを示しています。
企業規模別に見ると、大企業ほどの高いクラウド利用率ではないものの、中小企業においても導入は着実に進展しています。
このデータから、クラウドサービスの活用は、企業規模を問わず事業運営における重要な要素となっている現状がうかがえます。
中小企業でクラウドサービスの導入が加速する背景
多くの中小企業でクラウドサービスの利用が進んでいる背景には、単なるIT化の流れだけではない、複合的な要因が存在します。特に、近年の社会情勢の変化は、企業経営のあり方に大きな影響を与えました。
具体的には、働き方の多様化への対応、国が推進するDXへの要請、そして導入を後押しする公的な支援制度の存在が、中小企業のクラウド導入を加速させる主要な原動力となっています。
働き方の多様化に対応する必要があるため
近年、テレワークやリモートワークといった場所にとらわれない働き方が急速に普及しました。このような新しいワークスタイルを実現するためには、従業員がオフィス以外の場所からでも社内の情報に安全にアクセスし、業務を遂行できる環境の整備が不可欠です。
クラウドサービスを利用すれば、インターネット接続さえあれば、自宅や外出先からでも必要なデータやアプリケーションにアクセス可能になります。これにより、企業は従業員の多様な働き方のニーズに応えながら、事業の継続性を確保できるようになります。
DX推進によるビジネス変革が求められているため
激化する市場競争の中で企業が生き残り、成長を続けるためには、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が重要な経営課題となっています。DXとは、単にデジタルツールを導入するだけでなく、データやデジタル技術の利用を通じてビジネスモデルそのものを変革し、新たな価値を創出する取り組みを指します。
クラウドサービスは、データ収集・分析基盤の構築や、AI、IoTといった先進技術の利用を比較的容易にするため、DXを推進する上での強力な基盤となり得ます。
国がIT導入を補助する制度を設けているため
中小企業のデジタル化を促進するため、国は様々な支援策を講じています。その代表的な例が「IT導入補助金」です。この制度は、中小企業が業務効率化や売上向上に資するITツールを導入する際に、その経費の一部を補助するものです。
多くのクラウドサービスがこの補助金の対象となっており、制度を利用することで導入時の初期費用を大幅に軽減できます。近年は不正対策が強化され、採択率は減少傾向にありますが、こうした公的支援の存在が、これまでコスト面でIT導入をためらっていた企業の背中を押し、クラウド利用のハードルを下げています。
中小企業がクラウドサービスを導入する5つのメリット
クラウドサービスの利用は、中小企業に多くのメリットをもたらします。自社でサーバーを構築・運用する従来の方式と比較して、特にコスト、柔軟性、そしてセキュリティの面で大きな利点があります。
ここでは、初期費用の抑制、場所を選ばないアクセス性、専門知識がなくても可能な運用保守、事業継続計画(BCP)対策、そして最新のセキュリティ維持という5つの具体的なメリットについて、それぞれ詳しく解説していきます。
初期費用を抑えてシステムを導入できる
自社でシステムを構築するオンプレミス型の場合、サーバーやネットワーク機器の購入、設置場所の確保などで多額の初期投資が必要です。一方、クラウドサービスはサービス提供事業者が用意したインフラを利用するため、ハードウェアへの投資が不要です。
多くは月額料金制のサブスクリプションモデルであり、必要な機能やユーザー数に応じてプランを選択できます。これにより、初期費用を大幅に抑えながらスモールスタートが可能となり、資金体力に限りがある中小企業でも利用しやすい点が大きなメリットです。
場所を選ばずにデータへアクセス可能になる
クラウドサービスを利用する大きな利点の一つは、そのアクセシビリティの高さ(どこからでもアクセスができる利便性)です。インターネットに接続できる環境であれば、パソコンだけでなく、スマートフォンやタブレットなど様々なデバイスを使って、いつでもどこからでも必要なデータやアプリケーションにアクセスできます。
これにより、オフィスだけでなく、自宅でのテレワークや、営業先での資料確認、複数の拠点間でのリアルタイムな情報共有が容易になります。このような柔軟なアクセス性は、業務の効率化と生産性の向上に直接的に貢献します。
専門知識がなくても運用・保守がしやすい
システムの安定稼働には、日々の運用・保守作業が欠かせません。オンプレミス型では、サーバーの監視、セキュリティパッチの適用、ソフトウェアのアップデートなどをすべて自社で行う必要があり、専門知識を持つIT担当者が必要でした。
クラウドサービスでは、こうしたインフラの運用・保守はサービス提供事業者の責任範囲となります。IT人材の確保が難しい中小企業にとって、専門的な管理業務から解放され、本来のコア業務にリソースを集中できることは、クラウド利用の大きな魅力です。
災害やシステム障害に備えたBCP対策になる
地震や台風、火災といった自然災害や、予期せぬシステム障害が発生した際に、いかに事業を継続させるかというBCP(事業継続計画)の観点は、企業経営において非常に重要です。クラウドサービスでは、データは自社のオフィスではなく、災害対策が施された堅牢なデータセンターで管理・バックアップされています。
万が一自社が被災しても、データは安全に保たれ、別の場所から業務を再開することが可能です。
このように、自社で設備を持つよりも低コストで事業の継続性を高められる点は、クラウド利用の大きなメリットです。
最新のセキュリティ環境を維持できる
サイバー攻撃の手法は日々高度化・巧妙化しており、企業が自社だけで万全なセキュリティ対策を維持し続けるのは容易ではありません。クラウドサービスを提供する事業者は、セキュリティを専門とする多くのエンジニアを抱え、常に最新の脅威に対応するための投資を行っています。
そのため、専門家によって24時間365日監視された高いレベルのセキュリティ環境を利用できます。自社で同等の対策を講じるよりも、コストを抑えながら企業の重要な情報資産を保護することが可能になります。
導入前に確認!クラウドサービスのデメリットと注意点
クラウドサービスは多くのメリットを提供する一方で、導入前に理解しておくべきデメリットや注意点も存在します。すべての企業にとってクラウドが万能な解決策とは限らず、自社の業務内容や要件によっては不向きな場合もあります。
ここでは、特にカスタマイズの制約、インターネット環境への依存、そして継続的に発生するコストという、クラウド導入を検討する上で重要な課題となりうる3つのポイントについて解説します。
自社に合わせたカスタマイズには制限がある
クラウドサービスは、多くの企業が利用できるよう汎用的に設計されているため、自社独自の特殊な業務フローや要件に合わせた自由なカスタマイズには限界があります。オンプレミス型のように、自社の都合に合わせてシステムを細かく作り込むことは難しいケースが多いです。そのため、サービスの機能に合わせて既存の業務プロセスを見直す必要が生じることもあります。
導入を検討する際には、自社の業務要件とサービスが提供する機能の適合性を事前に十分に確認することが解決すべき課題となります。
インターネット環境がないと利用できない
クラウドサービスは、その名の通りインターネットを介して提供されるため、安定した通信環境が利用の前提となります。もし社内のネットワークに障害が発生したり、外出先でインターネットに接続できなかったりすると、サービスにアクセスできず業務が完全に停止してしまうリスクを抱えています。
このインターネットへの依存性は大きな課題であり、事業の継続性を確保するためには、メイン回線とは別にバックアップ回線を用意するなど、安定した通信インフラの整備が重要になります。
継続的なランニングコストが発生する
初期費用を抑えられる点はクラウドの大きなメリットですが、月額または年額での利用料金が継続的に発生する点は注意が必要です。利用するユーザー数やデータ量が増えるのに比例してコストが増加する料金体系も多く、長期的な視点で見ると、オンプレミス型で一括購入するよりも総支払額が高くなる可能性があります。
費用対効果を維持するためには、定期的に利用状況を見直し、不要な機能やアカウントがないかを精査するなど、コスト管理を徹底することが運用上の課題となります。
クラウド導入で失敗しないために押さえるべき課題
クラウドサービスを導入すれば、自動的に業務が効率化されるわけではありません。計画や準備が不十分なまま導入を進めると、期待した効果が得られないばかりか、かえって現場が混乱してしまう事態にもなりかねません。
ここでは、クラウド導入プロジェクトでつまずきがちなポイントを挙げ、失敗を避けるために事前に押さえておくべき課題について解説します。特に、目的の明確化、既存システムからの移行、そしてIT人材の確保は重要な論点です。
導入目的が不明確で効果を実感できない
クラウド導入における最大の課題の一つは、目的が曖昧なままプロジェクトを進めてしまうことです。「テレワークに対応するため」「DXを推進するため」といった漠然とした目的だけでは、導入後にどのような状態になることが成功なのかを判断できません。その結果、導入すること自体が目的化し、コストだけがかさんで具体的な効果を実感できないケースに陥りがちです。
「請求書処理の時間を50%削減する」など、具体的な数値目標を設定し、何のために導入するのかを社内全体で共有することが不可欠です。
既存システムからのデータ移行がスムーズに進まない
現在利用しているオンプレミスのシステムや別のクラウドサービスから新しいシステムへデータを移し替える「データ移行」は導入プロセスにおける大きな課題です。移行対象のデータが膨大であったり新旧システムでデータの形式が異なっていたりすると作業は複雑化し想定以上の時間とコストを要することがあります。
どのデータをいつどのように移行するのか詳細な計画を事前に策定し必要であれば専門のベンダーに支援を依頼するなど万全の準備を整えることがこの課題を乗り越える鍵となります。
クラウドを扱えるIT人材が不足している
クラウドサービスは運用保守の負担が少ないとはいえ、その機能を最大限に引き出すためには、サービスに関する知識を持ち、自社の業務に合わせて設定や管理を行える人材が必要です。特に複数のサービスを連携させて利用する場合、システム全体を俯瞰して設計・管理できるスキルが求められます。
しかし、多くの中小企業ではIT専門の人材を確保することが難しいのが実情です。この人材不足という課題に対しては、導入支援や運用代行を行う外部パートナーの活用や、従業員への研修機会の提供といった対策を検討する必要があります。
まとめ
中小企業におけるクラウドサービスの導入は、もはや特別な取り組みではなく、事業成長のための重要な手段となっています。初期費用を抑えつつ、場所を選ばない柔軟な働き方を実現し、高度なセキュリティやBCP対策を講じられるなど、そのメリットは多岐にわたります。
一方で、カスタマイズの制約や継続的なコストといった注意点も存在し、導入目的の明確化や計画的なデータ移行、人材確保といった課題への対応が成功の鍵を握ります。
他社の導入事例も参考にしながら、自社の経営課題を解決する最適なクラウドサービスを選定し、活用していくことが求められます。



